本展の見どころ①「着ること」の
面白さや奥深さを
再認識する展覧会
私たちは長い歴史の中で、着ることを通じてさまざまな情熱を傾けてきました。たとえば豊かさや権力の象徴とされ、18世紀には絹織物の文様にも現れた毛皮は、現在では動物保護をうたう一方でその手触りを手放すことのない、相反する価値観を含んでいます。本展では、KCIが厳選した18世紀から現代までの衣服作品を通じて、「着ること」をめぐる人々の多様な願望である「LOVE」とそのありようについて見つめ直します。


本展の見どころ②着る人や創作する人の
「LOVE」に溢れた
作品を
多数展示
美しい花柄が広がる18世紀の宮廷服、いまにも動き出しそうな鳥たちがあしらわれた帽子、極端に細いウエストや膨れ上がった袖のドレス。歴史を振り返れば、過剰や奇抜と思える装いにこそ当時の人々の美意識が凝縮されています。現代のデザイナーも新たな形や意味を服に込め、私たちの日々の気分を切り替えるだけでなく、別の何かへと変身できるような感覚を与えます。デザインを極限までそぎ落としてミニマルな装いの記号へと還元するヘルムート・ラングや、ヴァージニア・ウルフの『オーランドー』に触発され、時代や性別を超えた衣装で私たちの固定概念を揺さぶる川久保玲(コム・デ・ギャルソン)、コロナ禍、二度にわたる延期を乗り越えて発表されたジャン=ポール・ゴルチエとサカイのコラボレーションによるオートクチュール作品など。着る側と作る側それぞれの熱い「LOVE」から生み出された装いの数々が登場します。


右=Gaultier Paris by sacai アンサンブル(部分) 「I Gaultier under my skin」2021年秋冬 © 京都服飾文化研究財団、撮影:守屋友樹
本展の見どころ③服を着る「私」の存在と
その認識を広げる
現代アートを紹介
着るという行為は「私」という存在の輪郭にも働きかけます。本展では、さまざまな願望や葛藤を抱えながら現代を生きる多様な「私」のありようを、現在活躍するアーティストたちの作品を通して紹介します。身近な友人との日常を切り取り、ありのままに生きることを肯定するヴォルフガング・ティルマンスの写真、同世代の女性たちのインタビューを題材にその日常と内面を描き出す松川朋奈の絵画、背負う貝殻を変えるヤドカリの姿に人のアイデンティティを重ね合わせるAKI INOMATAの作品など、「私」をめぐる問いの現在形を探ります。
また本展には、朝吹真理子著『TIMELESS』、村田沙耶香著「素敵な素材」、岡崎京子作『へルタースケルター』など、「装う私」に渦巻く欲望の淀みが描かれた文学や漫画作品が挿話されています。それらを通して、行間に挟み込まれた「私の物語」と出会うこと。それは、衣服を着る私たちが自己を問い直すための「よりどころ」となるでしょう。


右=原田裕規《Shadowing》2023年 © Yuki Harada / 撮影:Katsura Muramatsu
本展の見どころ④気鋭のデザイナーを起用した
会場デザイン+展覧会カタログ
これまで KCI×MoMAK のファッション展では、藤本壮介氏や元木大輔氏などの建築家による、展覧会コンセプトに相応しいユニークな展示空間を実現してきました。今回の展覧会ではカタログと会場のグラフィック・デザインに岡﨑真理子氏、会場デザインにGROUPを起用。若手の新鮮な感性によるビジュアル・会場デザインにもご注目ください。
■展覧会カタログ
書名 『LOVE ファッション─私を着がえるとき』
デザイン 岡﨑真理子(REFLECTA, Inc.)
出版 公益財団法人 京都服飾文化研究財団(KCI)

展覧会構成・主な出展作品
着ることにまつわる情熱や願望を表すキーワードで構成。私たちとファッションとの関わりにみられるさまざまな「LOVE」のかたちについて考えます。*特に表記の無い場合、京都服飾文化研究財団(KCI)所蔵
1.自然にかえりたい
人類最初の衣服は、自然界からもたらされました。その記憶を引き継いでいるのか、私たちは毛皮の肌触りと温もりに酔いしれ、鳥の羽根で着飾り、色とりどりの花々に身を包みます。文明や技術が高度に発達した今日においても、自然に対する憧れや敬愛、身にまといたいという願望から多種多様な衣服が生み出されています。本展の始まりを飾るセクションとして、歴史の各時代に現れた動物素材や植物柄のファッションを展示。華やかな花柄が刺繍された18世紀の男性用ウエストコート、20世紀前半に流行した鳥の羽根やはく製が飾り付けられた帽子、毛皮不使用や環境保護を標榜するエコファーのコートなどに加えて、人間の毛髪を素材とした小谷元彦の作品を展示します。



Le Monnier(ジャンヌ・ル・モニエ) ベレー 1946年頃 © 京都服飾文化研究財団、撮影:林雅之
J. C. de Castelbajac(ジャン=シャルル・ド・カステルバジャック)コート 1988年秋冬 © 京都服飾文化研究財団、撮影:来田猛
2.きれいになりたい
日々、美への憧れや挫折に翻弄される私たち。顔より大きく膨らんだ袖、締め上げられてS字型になったウエスト、歩きにくいほどに広がるスカート。「綺麗になりたい」という願いは、ときに偏執的ともいえる造形への欲望を伴い、衣服の流行をつくりあげてきました。このセクションでは、19世紀の身体美の要を担ったコルセットや、布地の芸術作品として卓越した造形で魅惑するクリストバル・バレンシアガなど 20世紀中葉のオートクチュール作品を中心に展示。まだ見ぬシルエットを追求するヨウジ・ヤマモトやジル・サンダーなど現代ファッションとともに、衣服のかたちに現れた多様な「美しさ」の想像力をご紹介します。



Christian Dior(クリスチャン・ディオール)イヴニング・ドレス 1951年春夏 © 京都服飾文化研究財団、撮影:来田猛
Balenciaga(クリストバル・バレンシアガ) イヴニング・ドレス 1951年冬 © 京都服飾文化研究財団、撮影:畠山崇
3.ありのままでいたい
社会の中で様々な役割を担いつつ生きる私たちの、「ありのままでいたい」という願望。その切なくも慎ましい願いは、例えば18世紀末にフランス王妃マリー・アントワネットが好んだというシンプルな王妃風シュミーズ・ドレスから、あるいは平凡さを肯定的に容認する現代服のなかから、探り出すことができます。このセクションでは1990年代以降にプラダやヘルムート・ラングらが牽引した、自然体の体を主役にするミニマルなデザインの服や、ミニマル・ファッションの究極系とも表現できる、いわゆる「下着ファッション」を中心に展示。展示された服たちは、身近な友人との日常を切り取ったヴォルフガング・ティルマンスの写真や、現代社会を生きる女性のリアルを描写した松川朋奈の絵画と響き合います。



Nensi Dojaka(ネンシ・ドジョカ)ドレス 2021年秋冬 © 京都服飾文化研究財団、撮影:来田猛
松川朋奈《それでも私が母親であることには変わりない》2018年 個人蔵 © Tomona Matsukawa courtesy of Yuka Tsuruno Art Office, photo by Ken Kato
4.自由になりたい
国籍や階級など、様々なアイデンティティにより形成される「私らしさ」。そんな「らしさ」のお仕着せから逃れたい願望は、ときに衣服に託されます。ヴァージニア・ウルフは小説『オーランドー』(1928年)において、300年の時の中で性や身分を越境する主人公の変身譚を、度重なる衣服を「着がえる」描写とともに著しました。このセクションでは、アイデンティティの変容を描いた本作に触発されたコム・デ・ギャルソン 2020年春夏コレクション、コム・デ・ギャルソン オム・プリュス 2020年春夏コレクション、川久保玲が衣装デザインを担当したウィーン国立歌劇場でのオペラ作品《Orlando》(2019年)の「オーランドー」三部作を一挙に紹介。異なる時代に制作された文学と衣服に通底する、アイデンティティの物語への普遍的な問いかけを探ります。

5.我を忘れたい
こんな服が着てみたいという願望、あの服を着たらどんな気持ちだろうという期待、はたまた欲しかった服に袖を通したときの高揚感。トモ・コイズミによるフリルとリボンを用いたモビルスーツのような愛らしい作品や、ロエベによるまるで唇に私の身体が乗っ取られてしまったかのような作品たちは、こうした服を着ることの一瞬のときめきや楽しさを伝えてくれます。服は私たちに魔法をかける(服が私たちを魅了する)。ただ、そんな服もある瞬間には急に色褪せてみえ、私はまた別の新しい服を求めてしまいます。AKI IMONATA の《やどかりに「やど」をわたしてみる》に登場する「やど」を着替えるヤドカリたちに、私たちは人間の際限のない欲望の姿を仮託し、あるいはより深い生物の本能のつながりをみているのかもしれません。



Loewe(ジョナサン・アンダーソン)ドレス 2022年秋冬 © 京都服飾文化研究財団、撮影:来田猛
Balenciaga(デムナ・ヴァザリア)鎧、靴 2021年秋 BALENCIAGA所蔵
Look 50, Afterworld: The Age of Tomorrow, Balenciaga Fall 21 collection, Courtesy of Balenciaga